This page contains a Flash digital edition of a book.
よく振る舞う一方で、人災の部分に対して は、怒るべきところで怒らない日本人の姿も ある。行政の手当てや情報の遅れだけでな く、福島に原発を置くことで東京中心の繁 栄をつくってきたことに対しても怒らない。 このまま責任の問題がなし崩しになっていく のが、日本式なのかもしれませんが。


矛盾


 キーン どんな国や民族にも興味深い矛 盾があるものです。日本も例外ではありませ ん。例えば奈良のお寺は木造建築で世界一 古いでしょう。それを昔から大事にしてきた 日本人が、一方で明治時代の赤れんがの建 物などは、不便だからとか、冷房設備を取 り付けにくいという単純な理由で平気で壊し てしまいます。


 池澤 古き良き日本、無常を感じながら それを楽しむ美学に満ちた日本があるのに 対し、明治以降は「それではだめなんだ」 とヨーロッパ式の考えを入れてきた。日本は この二つの矛盾と葛藤の中で、ここ百数十 年やってきたわけですよね。  文学で言えば、永井荷風が「江戸時代の 方がよかった」と言う一方で、二葉亭四迷 から始まった


(言文一致の)ヨーロッパの小


説という文学の形式で近代日本を表現しよ うとしてきた。近代化、西洋化を進めつつ、 日本本来の姿を守るという矛盾を並行しな がら、なんとかやってきたんだろうと思うん です。


 キーン 荷風は明治時代末期にフランス にいたのですが、日本に戻りたいとは思わ なかった。しかし、帰国後は過ぎた明治の


日々を懐かしみ、やがて大正時代が良く思 えてくる。そして、最後には「 東綺譚」の 昭和時代を好きになるのです。記憶の中で 過去がだんだん変わり、現在にも影響を及 ぼしたのでしょう。


済 墨


 池澤 文学を通して理想化された過去で すね。そうやって近い過去に理想の時代を 持つというのは、焦らず、前へとつんのめら ずに生きていくには良いことだと思います。 つまり、時代が変わり、何かを捨てなけれ ばならないのは仕方がないけれど、せめて 何を捨てたか忘れないようにしようというこ とですね。  昔のお正月の風習などはまさにそうです。 家族が少なくなったから、簡略化される。 家でおせちも作らなくなり、買って済ませる。 それもなかなかしなくなってきた。日本風に 言えば、世は移ろうのだから、仕方がない と思うんです。ただ世代それぞれに、自分 の子どものころの体験だけはせめて覚えて いようと。


コミュニティー


 キーン 復興が急務であるのは言うまで もありませんが、あまり


「美」の話は聞きま


せん。芭蕉は松島を日本一の景観と書きま したが、私も奥の細道を旅したとき、そう 感じました。しかし、近年再訪してみると、 派手なネオンや広告の看板があり、残念に 思いました。復興で努力を重ねれば美しい 街をつくることができると信じています。


 池澤 そう簡単に「ピンチはチャンス」と は言えないけれど、復興で最も興味深いの は、住民たちが行政任せでなくなったこと


ですね。行政自体が力を失ってしまったか ら、自分たちで考えなきゃだめだと言う声が ある。昔の金権政治や公共事業の仕切りで 抑え込まれずに復興できるか、注目すべき です。  それにソーシャル・ネットワーキング・サー ビスがうまく機能し、見ず知らずの人たちが 集まって、速やかにボランティア活動ができ ていた。東北が困っていれば、何げなくすっ と手を貸す。頑張りすぎない。ボランティア に行かないまでも、物を送ったり、インター ネットで連絡網を作ったりして、みんな動き ました。つまり、


全く違う形でコミュニティー が作り直されるかもしれない。


 キーン 先日、岩手の中尊寺で講演をし ました。聴衆の中には震災で家族を亡くした 人もいました。私はもちろん、慰めたい、勇 気づけたいという気持ちでしたが、実際は 慰めの必要は感じられませんでした。大変 な悲劇であることは変わりません。それでも 被災者の方からは、今も、これからも生き 続けるという強い意志を感じました。目頭が 熱くなりました。気の毒に思ったからではな く、感動したからです。


あのときの気持ち


 池澤 希望というのは不思議な言葉です。 どんな場合でも希望はあるんです。われわ れは次の世代へとどんどん続いていくし、時 間はいくらでもあるのですから。絶望する理 由は何もない。  でもその前に、たくさんの人が亡くなりま した。


それはただ悼むしかない。 悼みながら、 忘れずにいながら、生き残った自分たちは明                 (共同)


日へ足を踏み出す。そのときにどっちに足を 踏み出すか。街並みなり、経済なり、人々 の暮らしにどう反映させていくか。そこでみ んなの知恵が出て、うまくかみ合って、具 体的な絵図が描ければ、あるいは何十年か して


「あれが大きな曲がり角だった」と言え るかもしれない。


 キーン 私は1945年12月に見た東京を はっきり覚えています。厚木の飛行場から 街の中心に近づくにつれ、家が焼けて少な くなり、最後は蔵と煙突などが散見される だけでした。日本が立ち直るには少なくとも 50年はかかるというのが、当時の世界の 常識でした。  しかし、8年後に日本に留学した時、東 京は戦争の爪痕を残しながらも、生き生き とした街に生まれ変わり、新たな文化の息 吹が見られました。あの時と同じ希望と自 信を持ち、もっと良い日本をつくるという決 意を共有できたら、復興は必ず実現できま す。私はそれを全く疑いません。


 池澤 われわれは震災という一つの物差 しをもらいました。震災後、僕は何をする にしても、見るにしても、その物差しを当 てている気がします。そうすることで、物質 的な豊かさを求める生き方や、単なる消費 から離れ、人々の生きる姿勢が変わるかも しれない。あのときに助け合ったあの気持 ちは、別の原理から生まれたものでしたよ ね? その物差しを更新するために、僕は 震災後、何度も東北に通いました。これか らも東北に添っていきたいと考えています。


DONALD・KEENE 池澤夏樹(いけざわ・なつき) 


1945年北海道生まれ。埼玉大理工学部中退。 88年「スティル


・ ライフ」で芥川賞、93年「マ


シアス・ギリの失脚」で谷崎潤一郎賞など受賞 多数。小説、評論、詩、エッセーなど多彩な 執筆活動を展開し、昨年は個人編集による


「世


界文学全集」全30巻が完結。東日本大震災後 は、被災地に通って取材やボランティアを行い、 多面的に震災を描いた「春を恨んだりはしない」 を刊行した。75年から3年間ギリシャで暮ら し、その後も東京、沖縄、フランスと居を移し ながら世界各地を旅する。現在は札幌市在住。


(ドナルド・キーン)


1922年米ニューヨーク生まれ。コロンビア大在 学時に


「源氏物語」に出合い、日本文学に魅


せられる。米海軍日本語学校を経て、第2次大 戦中は通訳官を務めた。53年に京大大学院に 留学。三島由紀夫、安部公房、司馬遼太郎ら と交流し、日本文学・文化を広く海外に紹介し てきた。長年ニューヨークと東京都北区の自宅 を往復し、研究活動を続けてきたが、東日本大 震災後、日本永住の意思を明らかにした。02 年文化功労者、08年文化勲章。菊池寛賞など 受賞多数。主な著書に 代の過客」


「日本文学の歴史」 「明治天皇」など。 「百


18 SAN DIEGO YU-YU


JANUARY 1, 2012


Page 1  |  Page 2  |  Page 3  |  Page 4  |  Page 5  |  Page 6  |  Page 7  |  Page 8  |  Page 9  |  Page 10  |  Page 11  |  Page 12  |  Page 13  |  Page 14  |  Page 15  |  Page 16  |  Page 17  |  Page 18  |  Page 19  |  Page 20  |  Page 21  |  Page 22  |  Page 23  |  Page 24  |  Page 25  |  Page 26  |  Page 27  |  Page 28  |  Page 29  |  Page 30  |  Page 31  |  Page 32  |  Page 33  |  Page 34  |  Page 35  |  Page 36  |  Page 37  |  Page 38  |  Page 39  |  Page 40  |  Page 41  |  Page 42  |  Page 43  |  Page 44  |  Page 45  |  Page 46  |  Page 47  |  Page 48  |  Page 49  |  Page 50  |  Page 51  |  Page 52  |  Page 53  |  Page 54  |  Page 55  |  Page 56  |  Page 57  |  Page 58  |  Page 59  |  Page 60  |  Page 61  |  Page 62  |  Page 63  |  Page 64  |  Page 65  |  Page 66  |  Page 67  |  Page 68  |  Page 69  |  Page 70  |  Page 71  |  Page 72  |  Page 73  |  Page 74  |  Page 75  |  Page 76  |  Page 77  |  Page 78  |  Page 79  |  Page 80  |  Page 81  |  Page 82  |  Page 83  |  Page 84  |  Page 85  |  Page 86  |  Page 87  |  Page 88